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今朝、私は、ショルダーバッグを背中にまわして電車に乗っていたのですが、ホームに降り立つとチャックががばっと開いていて、中のものが落ちそうになっているのをあわてて、閉めようとすると、クレジットカード、銀行のキャッシュカード、30年前にとったドイツの運転免許証などがはいった財布が無い。 慌てて周りを見回すものの、人の波、人の背中ばかり。 たれか~!の叫び声もなぜかのどがしまってか細い声しか出ない。 そのか細い声も列車出発のベルの音にかき消される。 そして最後には周りにだれもいなくなった。 僕はただ一人呆然としてホームにたたずむ。 というところで、目が覚めた。 4月に中国の広州の見本市の人ごみで、ショルダーバッグからすられた財布のショックからまだ立ち直れていない。 いまだに、精神的苦痛を味わっている。 なかでも何が悔しいかといえば、30年も前にとったドイツの運転免許証だ。 これはたまたま本日ドイツの友人から再発行できたとの連絡を得て、少しは気分がなおったのだが、90%方な直らない理由は、30歳半ばの若々しい、希望に満ちた、不遜ともいえる微笑みをたたえ、地雷也とよばれたふさふさの髪の毛のポートレート、あ、証明写真ですが、が戻ってこないことだ。新しい免許証には人生につかれ、降雨の瞬間をだれよりも早く察知することを自慢にしているうすらはげの初期後半高齢者の変わり果てた姿があるのみだ。 嗚呼、こっちの方が夢であってほしい! おねがい! こういう酸っぱい体験はアコーディオン演奏の上達にはなんの役にも立たない、というもの悔しい。 精神的苦痛を感じる。これでアコがうまくなるんだったら許してあげる。 精神的苦痛も楽になる。 しかし、そうは問屋が卸さない。 そんなわけで、今日は何を言われても酸っぱく感じる。 今さっきアムステルダムの空港で飲んだワインも酸っぱかった。 すっぱいは成功のもと。 でおわり。 |
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